スチールツーバイってなに?

まずツーバイフォー工法って知ってます? あらかじめ規格化された乾燥材を寄せて作る壁式の住宅です。断面が厚さ2インチ、幅4インチの材料でツーバイフォー(2×4)。

厚みが変わらずに幅だけが変化して、12インチまであります。同じ厚みなのでその幅の分の金具で固定していきます。床は床で完成させ、壁面も壁面でつくって寄せて、箱状に作ります。二階も同様に一階の天井面が二階の床になり壁を寄せて箱を重ねていきます。

 さて、スチールツーバイは?

背景。 アメリカではツーバイフォー工法が一般的です。しかし、火災の危険あるところは木造を禁止しました。ならば不燃のスチール製です。アルミのお弁当箱を思い浮かべて下さい。ロール状になった鉄を折り曲げて箱状にしてツーバイ材のサイズにする。それをネジで緊結する。

メリットは木材と違って乾燥による狂いも無く、軽い。長さも思いのまま。強度設定も可能。リサイクルできる。鉄鋼不況だったので新日鉄も、住友金属も夢中でした。住宅メーカーではトヨタホームとT社でした。T社が組んだのはNKKです。

 

どうやって売るの?

どうしたって3年はかかるよね。

 Tが考えていたのは、各県50万人規模ごとに1社を募集し、独占販売権を与える。建て込み上棟段階までを土屋が担当し、その後の内部造作、設備、仕上げを加盟店が行う。上棟段階まででTの請負は終了する。いわば、Tは下請け化する。というものでした。棟数が行けば、採算に載る。と考えていました。

大阪支店はこのFCの本部だったのです。

 鋼材倶楽部という財団法人があります。いわゆる高炉を持っている鉄鋼会社の集まりです。法人の所管は通産省。ところが、こと建築に関しては建設省が許認可権を持っています。

NKKは鋼材倶楽部の手前、主要データーを提供するときに、二番手で出すことを条件にしてきました。面子を立てろというわけです。後に二番手で認可が下りたときに、建設省の方が、「Tが一番手ならすぐに下りた。鉄鋼メーカーだと後々のメンテナンスなどの責任が取れるの不安があって厳しくなった。」そう、土屋に認可が下りたときには、すっかり熱が冷めていたのです。ブームは一過性でした。一番熱心だったのは、琉球セメントでした。台風の常襲地帯なので、耐風力が必要なのです。20棟位です。

西日本を中心に、加盟店は20社ほどになりました。東京と九州の福岡に営業所を作りました。しかし、物事には身の丈に応じてキャパが決まっています。そのころ、住宅のコンサルティングをなさっている方が、こう言いました。「Tには何人長野が居るのだ?俺が知っているのは彼だけだけれど、FCの開拓も、営業研修も、福岡、東京営業所の所長も皆、長野だ。」というわけで大変です。、たった12人で全国は無理です。

 日本全国を飛び回って、マイルは貯まりました。15万マイル位かな。確かロサンゼルス3往復分は軽くあった気がします。

 その後、成城学園支店、漸く帰れた旭川支店でしたが、3年後、今度は小樽支店の支店長の辞令です。小樽支店はモデルハウスを持っていません。札幌支店のモデルハウスのカードが回ってくるだけ。でも、そのころは集客が落ちて来ていたので、めぼしいカードは回ってきません。それより何より、これ以上T社に居ても今と同じ使い方をされるような気がしました。回り将棋みたいです。というわけで、T社とはここでお別れしました。その後、T社は親会社に吸収されました。

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